癒しの為に祈ってもらった後のステップ

               

癒しの為に祈ってもらった後のステップ

神のことばに従って、一度手を置いてもらったなら、イエスキリストの神の力はあなたに流れました。その効果を最大限に受け取るために、次の項目が重要となります。聖書ははっきりと信仰による祈りは病む人を回復させますと書いてあります。なので、祈られた人がすることは次の通りです。

1. 聖書の言葉と祈ってもらった事と一致しない、反対する言葉は一切口にしないで下さい。

2. 癒しの力があなたの内に流れたという現実を、何か“感じたという感覚”から判断しないで下さい。(私達が手を置いた時に何かを感じるか、そうでないかは神次第です。人は外側を見ますが、目に見えない神は内側を見ます。)神は私達の信仰が弱いほど、何か感じるような感覚を与えます。それは私達が神が霊と体の領域で働いていることを悟ることができるためです。なので、信仰が強くなればなるほど、五感で何か感じる必要はなくなります。

3. 祈り手はそれぞれの今の信仰の強さに従って神の力を働かせています。ある人は他の人よりも信仰が成長しています。各人の信仰の成長の度合いがどうであれ、私達の目的は目の前の人が癒されることです。癒しには瞬間的なものもあれば、時間がかかるものもあります。でも、癒しを目に見えたり、感じたりしないからといって、神の言葉と一致しないことを口にすることで癒しの働きを遅らせないでください。

4. 癒しの為には何度でも祈ってもらってかまいません。どんな癒しのためにも私達は祈ります。

5. 一日に3回は癒しに関する神の言葉を読むべきです。毎回、大きな声で口に出して力を込めて読むべきです。それらの聖書の言葉を読んで癒しに悪影響はありません。(癒しの聖書箇所:イザヤ53章、詩篇103:1-6、マルコ8:16-17、1ペテロ2:24、3ヨハネ1:2、ローマ8:11、出エジプト記15:26など)

6. 他人に神のしてくれたことを言わなければいけません。祈ってくれた人のことはどうでもいいですが、神がすでに癒してくれたことに感謝して神に栄光を帰さなければいけません。すぐに目に見えての結果が出なくても、癒しの為に神に栄光を帰さなければいけません。“アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱まりませんでした。彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。”(ローマ4:19-21)

7. もし余裕があれば、他の癒しが必要な人の為に祈るべきです。自分が祈ってもらったような熱意と強さで祈るべきです。

8. もし癒しが瞬間的なものだったとしても、敵は本当にあなたが癒しを自分のものとして受け取って所有したのか、それともただ受身的にそれにしがみついているだけなのか試すことを覚えていて下さい。

9. このように、癒しを受け取ったか試されることは、神からのものではなく敵からのものであることを覚えていて下さい。神はあなたが癒しを受け取ったと知っています。神が見ようとして期待しているのは、あなたが悪魔に立ち向かい、神がしてくれたことを宣言することです。

10. 敵からの攻撃から自分自身を守る唯一の方法はイエスキリストのいのちと教えによって自分を常に満たすことです。その上で、ただ彼の教えに同意するだけでなく、それを理解して、それに確信を持つ必要があります。神がこの地上にいる間に私達の為の計画と、望んでいることは私達がますますキリストのようになり、そして、古い自分のようではなくなることです。私達はただ敵の攻撃から遠ざかるだけでなく、他の人々も自由にできるようになることを目標とする必要があります。



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